普段政治にあまり関心はない私ですが、知人が出馬するとなると別です。当然、編集者なので政治記事はきちんと読みますし、自分が政治記事を編集することも多々あるので「知識」はあります。しかしながら、私の場合「決まったことに従う」という人生を送ってきたため、そこまで誰かを応援することってなかったんですよ。そしてR25を立ち上げた藤井大輔氏が4月の富山市長選への出馬意向を示し、自民党の公認候補となるべく、予備選に出たことを「富山市長選挙の候補者選考予備選が開催中。首長選で本格的な予備選は日本初?」と報告しております。こうした取り組みは有権者としては有意義でしょうし、この文章でも藤井氏はフェアに別の候補者のことも称えるなど貴乃花ではありませんが「すがすがしい気持ちです」と私は思いました。写真は藤井さんのnoteから拝借。
fujii

さて、藤井さんといえば、私は「WebR25」の仕事を長期間にわたってご一緒させてもらったことを思い出します。最初の編集長は藤井さんで、続いて柿崎さんになったのですが、2008年から開始したこの仕事を通じ、相当多くの「ウェブでウケる方法」というのを考えることができたと思っています。

私自身、ウェブメディア、ネットニュースの成功法則というものは多数自分で作ってきたつもりではありますが、藤井さんがあの頃言った言葉が忘れられません。

「中川さん、僕、分かったんですよ。ヤフーのトップに行く記事って、ストレートニュース以外は、ヤフトピが過去に扱ったものの続報ないしは深堀りなんですよ。だから毎週日曜日に皆でその週のヤフトピを取った記事の見出しを見て、企画を考える会議しませんか?」

これには「確かにそうだな」と思い、弊社のY嬢とともに、毎週ヤフーのトップに選ばれそうな記事の切り口を開始しました。そして、翌日(月曜日)に取材をし、次の日(火曜日)までに原稿を書き、そして校閲にまわし、水木金と立て続けに1本ずつ3本の記事を出す、という取り組みをしました。

案外打率は良かったと思います。こんな記事を私とY嬢は書いていましたが、いずれもPVは良かったし、Yahoo!も選んでくれました。

webr25

いずれも「ストレートニュースを補完する記事」です。一度流行ったものは続報が気になるはずだ! という藤井さんの考えが裏付けられた形になりました。

こうして2000年代後半のネットニュースで我々は一緒に仕事をしていたのですが、まさかの藤井さんが故郷・富山に戻り介護の事業を開始するという。と思ったら地元の商工会青年部に入って私に講演をさせてくれたりもする。

そうこうしているうちに富山県議に立候補し、その選挙戦を冷やかしに行ったりもしましたが、今回は富山市長選ですか。

今、私は佐賀県唐津市に住んでいますが、日々実感しているのが「情報の中心は東京にある」ということです。そうした中、東京との接点が深い藤井さんは富山市、そして富山県に関する情報を外に出すことに長けているのでは? そして移住者を呼び込むなど色々手を打つと思います。というわけなので、富山県民、富山市民の皆さんはこの人物を是非とも覚えておいてください。

さしあたっては、イベントがあります。2月3日、下北沢B&B。20時~21時30分。


ワシがもっとも好きなノンフィクション『お笑い男の星座2』著者である浅草キッド・水道橋博士氏と、毎年一緒に京都にビジネス合宿をしていた原カントくん氏と藤井さんが政治ドキュメンタリーについて語り合います。こちらもぜひ。

正直、私にとって藤井さんは「5大恩人」の一人です。同氏がいたおかげで、今、こうして生き長らえていると感じております。

それでは4月の富山市長選、私も注目していきたいと思っております。