寝技師(エロい意味じゃねぇぞ)としては世界最高峰のレベルにいて、見事なまでに「嫌われる勇気」を体現する総合格闘家・青木真也(33)。本書は彼の生 い立ちから、現在に至る数々のエピソードと心の動き、そしてその都度発生する「この野郎くたばれ、オラ」「おめぇのことは嫌いだ。だが、おめぇがオレを嫌 うことを否定しねぇ。お互い幸せにいきようぜ」という人間関係論を展開させていく。

オレが好きなのは、〈「急いでください」と言われ、(中略)「うるせえ黙ってろ!」「俺が出ないで試合がはじまるのか」と周囲に怒鳴り散らす〉というくだりである。青木がいなくては一番困るのは主催者なのである。そこを分かった上での「黙ってろ」だ。試合前だというのによく考えていらっしゃる(笑)。

空気を読んではいけない
青木 真也
幻冬舎
2016-09-08


さて、人気ブログ「やぎログ ライフスタイルは自分で創る」でも紹介されていた本書、著者の八木仁平氏はこう書いていた

恐ろしく共感しました。

この文章は序文の中に。アツいアツい。

ぼく自身もできるだけ周りに埋もれないように考えて生きてきているので「空気を読んではいけない」というタイトルはめちゃくちゃ刺さりました


最後では

かといって、社会的な成功を追い求めろと主張しているわけではなく「自分にとっての幸せは何だ?」ということをずっと問いかけてくれています。

そこが一番大事ですよね(中略)

そんな人におすすめの非常にアツい一冊でした


とあるが、お前は早稲田大学出身なだけに「アツい、ヤバい、間違いない!」のスーパーフリーかっつーの!? というツッコミを入れつつ、私だったら書籍を紹介するにあたり、「アツい」という言葉の連呼でその本を絶賛することはできないものです。

書籍を紹介するにあたっては、読者に対しておススメをし、一応アフィリエイトのリンクを踏んでもらうわけですよ(私はアフィリエイトはやっていませんが)。その上で700円以上を使わせる行為をする。それを安易に「アツい!」と煽るだけでいいのか。アマチュアは「アツい」でも「かわいい」でもなんでもいいんですけどね。

まぁ、こういった一つの「それはあなたの考え方でしょ?」的なことは結局はお互い納得しないものなのですが、「書籍紹介」「書評」をする場合、対峙すべき相手は読者だけでなく「著者」「その他批評家」という側面もあるのです。

本書を読めばわかるのですが、青木真也は相当合理的に人間関係を切っていくし、実利を取ってバカを見捨てるタイプです。もちろん、仕事相手や客に対しては誠実な人物ではあるものの、最終的には「他人の人生なんて自分の人生にとってはどうでもいい。同様に、自分の人生も他人にとってはどうでもいい」という境地に達するのです。

こうした難物の書いた一冊の書籍に対し、公の場でうわべだけの共感をするリスクというものを私など考えてしまうんですよね。「もしも著者や、書籍の読み方に長けた人から『バカな読み解き方しやがって』と呆れられないだろうか……」とね。

結局八木氏は、青木真也が描く本書の世界観をもってして、「ほらね、あの青木真也の生き方ってまさにオレの生き方と似ているでしょ?」という自己肯定のためにこの本を使ってしまった。

そして、その弟子筋にあたる別のブログ「たった1度の人生、楽しんでいますか?」も八木氏に3日遅れる9月17日、この本を紹介した。

ブログエントリーのタイトルは「人生に迷っているなら必ず知っておきたい、総合格闘家の青木真也の生きざま。


流行にのることを否定はしないが、それよりも大事なことはもっと自分らしく、個性を大事にして生きる方が充実している。

そして、そうした、生き方は、もはや古いのだ


いや、青木は「古い」も「新しい」も何も言っていないのである。「自分らしく」も「個性」なんてことも一切言っていないのである。青木はあなた方のようにブログ塾でお互いホメ合って、自分たちを批判する人々のことを「お前らには理解できない」「アンチでウンチの皆様」「つまらない」(いずれも「たった1度の人生、楽しんでいますか?」より)なんてことは言っていない。

批判が発生した時に内輪の互助会で称賛し合い、我々は自由に楽しく生きている、と確認し合う。批判者をクソ老害のつまらん目が死んだサラリーマン扱いして、我々のような先端的な生き方をしていない連中をウンチだとみなす。

こんなことを最も嫌うのが青木真也である。彼は誰からもホメられたいと思っていないし、批判をされても「まぁ、オレらは合わないからな。しょうがねぇ。ただ、いずれお互い利用できる日が来たらその時は握手しようぜ」というスタンスを取る。

そして、もっとも重要なのが、青木は明確に人生の目標を描いているのである。それは「家族との安定した生活」であり、それは「何か面白いことをする」とか「日本の何かを変える」「面白いことをやりたい人を助ける」といった茫漠としたものの対極にある。

「安定した生活」という明確な設定があるからこそ、今は「カネを稼ぐ」という判断をし、シンガポールの格闘団体と契約をしたのである。この明確な目標こそ、青木と「何か面白いことをしたい」「ワクワクすることをしたい」派、しかも相互互助会というか光浦靖子言うところの「傷なめクラブ」との違いである。明確な目標があれば、それこそそこに至るためのレールがあり、適宜路線を変更(意思決定の変更・行動の変更)しながら最終的にそこに到達していくのだ。私は本書をこのように読み解いたが、正直この読み解き方でも恐ろしい。青木から「分かってねぇなぁ」と言われるかもしれないからだ。

「解釈なんて自由っしょ? なんでレールに乗せようとするのよ?」と思うかもしれないが、公の場で書く文章というのは素っ頓狂過ぎたり浅はか過ぎると恥ずかしいんっすよ。ただそれだけ。

あと、もう一つ、共感・絶賛する前に、この本から漂う実に残酷な現実は認識しておいた方がいい。

青木は実績がとんでもなくあるんですよね…。

青木は「オレにしかできないことを書きましたが。まぁ、できる限り参考になるように頑張って書きました」と恐らくは謙虚に言うことだろう。オレ自身、この本を読み、劣等感を抱くだけで、「アツい」なんて感想は抱けなかった。もちろん彼のその合理的な様々な考え方については「その通り」と肯首しつつも、オレとは次元の違うところを歩いている人なので、↓ のように、一般読者を対象に「あなたにも参考になりますよ」的タイトルをつける勇気はない。

「人生に迷っているなら必ず知っておきたい、総合格闘家の青木真也の生きざま。」

あと、青木氏は「生きざま」という言葉、嫌いだと思う。なんとなく。あと、「個性」も「自分らしい」も「ありのまま」も嫌いだと思う。なんとなく。

さて、最後、私が先日書いた書評へのリンクを。

便所と糞とマズいものの文化社会論(日刊ゲンダイ 9月17日)

この連載は日刊ゲンダイの鬼編集者から鎖鎌をぶん投げられながら「さっさと書け、オラ!」と言われるプレッシャーの中書いているものです。しかも、4人が週替わりに書いていくわけですが、オレ以外の3人が佐高信、佐藤優、森永卓郎という恐ろしい3人なのですよ。この3人の書評と比較し「こいつだけ一段レベル落ちるんだよな……」と読者や鎖鎌編集者から思われたら即クビ。この薄氷を踏むような勝負が4週間に1回やってくるのでございます。

それだけ私は書籍を紹介するにあたっては、慎重を期すようにしており、「なんか売れてるらしいっすね。今だったらアフィリエイトでボーン! 案外内容、オレとかぶってるじゃん。よし、一部ポイント箇条書き。で『アツい!』。はい、ブログ更新」みたいな感じで書籍紹介はできねぇよ…なんて頭コッチンコッチンbut亀頭フニャフニャ43歳ジジイは思うのでありました。


つーか、オレ何やってるんだよ。自分の本の紹介する前に青木氏の本紹介しちゃってさ、ガハハ。

『バカざんまい』(新潮新書)もよろしくね!

これについては後日書くぞ。

バカざんまい (新潮新書)
中川 淳一郎
新潮社
2016-09-15