謝罪大国ニッポン (星海社新書)
中川 淳一郎
講談社
2016-08-26

バカ息子・高畑裕太が逮捕されて、母・高畑淳子が謝罪をし、シャブ中・高知東生が逮捕された時も妻・高島礼子が謝罪をする。なんでこの人達が謝罪しなくちゃいけないのかと思うものがありますが、結局これって日本の中に蔓延する「謝罪をしなくてはいけない空気」ってものに従った結果なのですよ。本来、愚行を犯した者が謝罪をすればいいし、迷惑をかけた人間にだけ謝罪をすればいい。そんな原則論が完全に破壊され尽くしたのが今や「謝罪大国」となった我が国の姿なのでした。謝る時も「ご心配をおかけしたことをお詫びします」となり、いや、謝るべきは、その愚行で被害を受けた人に「損害をかけたことをお詫びします」だろうよ。また、「お騒がせしたことをお詫び申し上げます」って、騒ぐ方は勝手に騒いでるのであなたは謝る必要ないですよ、とも思う。

私自身これまでに謝罪はけっこうしてきた方ですが、幸いなことに犯罪行為や人々の健康被害をもたらすことはしてきませんでした。名誉棄損や営業妨害をしてきたため、そして明らかに自分が凡ミスを犯してしまったから謝罪をしてきたのですが、今になってもこうして楽しく日々仕事ができているのはそれなりに謝罪はうまくいったのかな、と思っているわけです。もちろん、健康被害や犯罪被害者がいる場合は、それこそ謝罪どころではなく、全力で罪を償い、被害者の補償をしなくてはなりません。

本書では、世間を騒がせた謝罪--ベッキー、舛添、ささやき女将、サラ・カサノバ(マクドナルド社長)、殺人ユッケ社長、東電清水社長、勝新太郎、雪印食中毒事故社長、ペルー青木大使、東京五輪エンブレム騒動らを実際のケーススタディとし、「良い謝罪」「悪い謝罪」を紹介しております。

私が個人的に好きなのは「社員は悪くありません!」の山一證券、野澤正平氏ですね。あのクシャクシャ顔で号泣というのは謝罪道としては完璧なものであり、今でも野澤氏は「敗軍の将、兵を語る」みたいな企画で時々登場し、その都度私は深い感慨に浸るのでありました。

さて、謝罪とは一体なんなのか? それはメンツとメンツのぶつかり合いであることが多い。世の中の多くの謝罪は、迷惑を受けた側が、謝罪をさせる権利があると考えるところから始まる。その時に果たして突っぱねるか、受け入れるかという判断を要求された側は考える必要がある。

果たしてここで謝罪することによって金銭的な不利益は発生するのだろうか? をまずは考えるべきである。或いはむしろ逆に謝罪をさせてやろう、このヒヒオヤジめ! なんて考えるかもしれない。或いは「取り敢えず謝罪しておけば場が収まるのであれば、謝罪ぐらいしておこう。タダだしな」という判断もできる。

こうした判断をした後は「いかに謝罪をするか」という「作法」「型」「道」の話になっていくのである。私自身、広告・出版・ネットニュースという場で仕事をしてきただけに謝罪をする機会は多かったのですが、どう考えてもおかしな謝罪は多いんですよ。しかし、それで案外物事がうまく進んだりすることもある。

こんなやり取りが会社では発生します。部長が何やらいそいそとネクタイを締めています。「あれ、部長、どっか行くんですか?」みたいな話を部下Aはするわけです。

部長:あぁ、得意先に謝りに行かなくちゃいけないんだよ。

部下A:何かやらかしたんですか?

部長:知らねぇ。まぁ、何があったのかはタクシーの中で営業に聞くけどさ。

部下A:それでは行ってらっしゃいませ。


こうしたやり取りってのがあるわけですが、とにかく実害がどれだけあったのかは分からないし、内容さえ分からないけど「謝りに出向く」という様式美が重要であることがここでは分かります。

冒頭の高畑淳子にしても、本来は謝る必要はないものの、「なんかウチのバカ息子がやらかして、私は悪くないけど謝罪会見でもしないと世間の収まりがわるそうだよね……」と考える。そのうえで、発言内容も「私の育て方が悪かった……」といった方向にしなくてはいけない。

メディアの側も「淳子さんの印象を少しでもよくしてあげたいし、一連の『息子犯罪』→『母謝罪』がないとあんまりおさまりがよくないんだよね」みたいな考えになっていく。視聴者・読者も「謝罪会見マダー」と考える。

そして、実際に会見が行われると、涙を流すシーンや深々と頭を下げるシーンで「シャッターチャーンス!」とばかりにパチャパチャとフラッシュが大量に焚かれ、さらにはそのフラッシュが焚かれている様子を映像で押さえて、かくして「様式美」が完成するのです。

そこに「家族の不祥事に親が謝るべきか」「何歳まで親の責任はあるのか?」というネットの議論が発生し、これまた様式美として存在しているのですね。

こうした阿吽の呼吸といったものがあり、日々の謝罪は発生しているわけでして、こうした空気の正体に加え、本当にその謝罪は必要なのかといったことを本書では記しました。

あぁ、こんなに長文になってしまい大変申し訳ございません。今後は、関係部署が一丸となって情報共有に取り組み、徹底的に膿を出し切り、業務の改善を行ってまいります。また、これからの品行方正な社の運営については天地神明に誓い、皆様のご愛顧の程を賜りたいと考えております。本日はお読みいただきましてありがとうございました!

謝罪大国ニッポン (星海社新書)
中川 淳一郎
講談社
2016-08-26