気がつけば、数々の夏の思い出はオリンピックとともにあるわけですが、過去のオリンピックを色々と振り返ってみるのもこれまた一興。「あったあった」みたいな話をちょっくら思い出してみます。

私が初めてオリンピックを見たのは1984年のロサンゼルス大会です。この時は、東西冷戦状態で、1980年のモスクワ大会で西側陣営が一斉ボイコットした(日本もね)のを受け、その報復としてLAでの大会は東側陣営が一斉にボイコットしたのでした。

しかし、東側陣営で唯一出場したのがルーマニア。入場行進の時、ひときわ大きな歓声が上がったのを見て、あぁ、オリンピックというのは本当に平和の祭典であるべきなのだな、と10歳の少年は感じ入ったのであります。ルーマニアは女子体操のサボーという選手があまりにも可憐で演技も際立っていましたね。そして、選手宣誓ですが、400メートルハードルで圧倒的な強さを見せるエドウィン・モーゼスが緊張してしまったのか、宣誓文を読めず、ところどころ止まってしまうのは見ていてハラハラしたものです。

この時の大会は「片肺大会」と呼ばれていました。要するに東西両陣営が揃っていないことを示すのですが、今であれば人権の観点からこのような言葉は使われない言葉がまかり通っていた時代でもあります。

そして、日本選手で金メダルが期待されていたのは、水泳の長崎宏子、マラソンの瀬古利彦、柔道、レスリングといったところですが、まさかの「ラピッドファイアピストル」で金メダルを獲得した48歳・蒲池猛夫選手が日本の金メダル第一号に。マスコミもあまりマークしていなかったのでしょうか。蒲池選手に関する情報があまりにも少ないものですから、当時人気絶頂のアイドル歌手・松田聖子の親戚かどうか? を特集する番組なんかもありました。というのも、松田聖子の本名は「蒲池法子」で九州出身なので、宮崎出身の蒲池選手の親戚であってほしい! というテレビ制作マンの執念を感じられるのでした。

そして、印象に残ったのが体操です。具志堅幸司、森末慎二が10点を連発し、実況のアナウンサーも「10点、10点!」と大騒ぎ。しかしながらあまりにも10点が出され続けた結果、体操の採点は色々とやり方が変わることになるのでした。

体操といえば、アメリカのビドマーや中国の李寧といった名選手がいましたね。あとは、女子バレーで、中国チームには郎平、チョウヨウホウとかいて、まさに「マダムヤン」とか「カミサンチン」みたいな感じで当時の小学生にとって中国の名前は妙に神秘的だったことを覚えております。

さて、NHKでは毎晩五輪関連のニュースがやっていましたが、結果を伝える時の音楽が今でも一カ月に5回ぐらい頭の中で演奏され、本当に困っています。分かる人もいるかもしれませんが、音で表現するとこうなります。

ファファドラファファドラファソファミファソファミファソファミファミレ
レレラファレレラファレミレドレミレドレミレドレミレドレミラ
ドドソミドドソミドレドシドレドシドレドシドシラ

この妙に軽快な音は、一体何の音楽なのでしょうか。忘れたいのに忘れられません。くそ。

また、この時気付いたのが、ヨーロッパの女性選手がワキ毛を剃っていない選手が案外多いことで、もしかしたらこれから数年後に現れるワキ毛女王と言われたAV女優・黒木香はロサンゼルスオリンピックに影響を受けたのかなぁ、なんて思ってしまいました。

オリンピックの思い出を書くぞ、と言ったものの、1大会だけでここまで色々覚えているだけに、他のをこの短時間で書くなんて無理であります。さらに言うと、1984年の大会でもまだまだ書くことはあるわけでして、最後が黒木香というどーしようもないオチになりましたが、皆様楽しい五輪ライフをお過ごしください。