常見陽平氏と駒崎弘樹氏との間で色々あって、「絶対に我が信念は正しい!」と主張する駒崎氏、「こんな面倒くせぇ話はさっさと撤退したい」と思うも、色々派生意見が出ると黙ってられなくなる常見氏。さらには外野もわーわー言い出して、ネット上の不毛な意見の応酬という議論でもなんでもない通常のクソ炎上騒動と化しております。



 それで、本人に詳しく聞いたわけではないけど、常見の今回の件での主張「一人親家庭=貧困と言わないで」というものの意図をオレが勝手に書いてみたい。騒動の内容を知らない人もいるだろうが、検索すればすぐに出てくるから、面倒なのでリンクは貼らん。

 恐らく彼が表だって今回言っていないし、頭に血が上ってそこまで整理できていない&自分から言うのは若干躊躇するところに彼の本当に悲しみがあるのでは、とオレなんかは思うのですよ。

 それは、常見の抱く「母への感謝」と、「現在の自分を構成してくれた亡き父、そして母への深い思い」なんだと思うのよ。こういったことを小中学生が言うのであれば「親孝行ね。エラいわね」と言われるだろうが、41歳の男がこういったことを言ってると、「お前はラッパーか?」なんて揶揄されてしまうわけだし、「親離れできていないマザコン」扱いをされてしまうわけです。

 常見の場合、お父様を早くに亡くし、それからお母様が身を粉にして働き、2人の息子を北海道から「内地」の大学に送り出し、2人とも無事就職をし、家庭を築いた。

  大学生の時の常見はそれほど親のことは意識していなかったように記憶している。むしろ、父が亡くなった後、働く母の代わりに自分の面倒を見てくれた祖母へ の感謝をしていたかな。むしろ、若干母に対しては反発の言葉もあったように記憶している。しかし、社会に出て仕事をし始めると、いかに母がタイヘンだった か! ということをしみじみと実感したのだろう。しかも、同じ研究職に就いた時に、母親の偉大さを改めて思い知った。だからこそここ数年は特に母への感謝 を述べるようになっている。それは、ネットではあまり出さない部分で、彼と会っているとその思いはひしひしと伝わってくるのだよ。
 
  で、今回の件は「貧困」の部分がクローズアップされる「ひとり親家庭」(なんで「ひとり」で「一人」じゃないのかは知らんが)について、常見は異論を述べ たかったのではないか。貧困よりは裕福な方が人生はラクってことは、ここでは共通認識として皆さん持ってね。頼むよ。ねっねっ、オレ、正しいよね? 駒崎 氏の活動にしても、貧困状態を少しでも緩和するための活動である。だから「カネはあった方がいいよね」ということは共通認識として存在するよね、ここ、認 識間違ってないよね? オレは妊娠・結婚・出産・子育てというイシューについては語りたくないので、非常にまどろっこしい書き方になってしまった。スマ ン。

 子供時代、「お前の家は貧乏~!」みたいな揶揄は案外存在していたワケですわ。その時に常見だって「お前の家はお父さんいないから貧乏なんだろ~」みたいな勝手な扱いをされていたのかもしれない。しかし、実際常見の家は貧困ではなかった。

  それはすべて父親が亡くなった後、母親が必死に頑張ったからである。今回の件は、別に常見が社会的な問題を喚起したわけではなく、彼個人の感情として「い やだな」と思ったということなのだ。そして、「ひとり親≒貧困」という図式に感じ、これは同時に彼の母への侮辱とも捉えたのではないだろうか。それで悲し くなった。

 自分のことであれば、彼もここまでこじれる話にはしなかったと思う。ただ、家族のことを侮辱されたのであれば話は別だ。だが、それを公の場で言うのは憚られる--そういった状況にあったとオレは勝手に推測している。

 だから、駒崎氏の「悲惨ではないシリア人もいる」という論と常見氏の論は噛み合わない。駒崎氏は「社会を良くするためにはそういった雑音は無意味」と言ってる。しかし常見氏は「オレは不快だ・悲しい」と言ってる。

 それこそ、おおたとしまさ氏が指摘し ているように、駒崎氏は単に「貴重な御意見ありがとうございます。人は色々な考えがありますね」だけで軽くいなせば良かった。正直「ちっ、うっせーな」だ けで済ませてもいいのである。理由は、同氏が信念を持ってやっていることなのだから。それなのに、常見氏を「活動を邪魔する存在」のように扱ってしまっ た。

 でも、常見氏はあくまでも超絶個人的な話をしているだけで、キャンペーンの名称変更を求めたものの、それは個人的な「要望」に過ぎ ないんだよね。その声を大きくして変えざるを得ないところまで持って行ったら別だけどさ、最初の対応としては論破するのではなく、「貴重な御意見ありがと う」で、さらに意見を言われてウザいと感じたのであれば、あとはブロックしても良かったんじゃないのかな。こんなことを書くと「事なかれ主義」と言われる かもしれないけど、ノイズをスルーすることこそ、駒崎氏が言うところの「問題解決」を早めるんじゃないの? 今回、駒崎氏はあくまでも「問題解決を早めた い」目的のために、不毛な論争を避けた、と言ってるけど、結局不毛な論争になってるじゃん。

 今回のはやはり常見の超絶個人的感情だか ら、理解できる人はそれほどいなかった。ただし、多くの人は「常見さんは個人的に何か傷ついているんだな」というところは理解できた。あとは、駒崎氏に攻 撃的な面があることに驚いたのではなかろうか。だから、常見氏にも一定の支持は寄せられた。

 人間の感情なんてものは超個人的で、どんな 言葉に敏感に反応し、怒りや悲しみのスイッチが入るかは分からないのですよ。『バック・トゥー・ザ・フューチャー』でもマーティは「チキン」と言われると 激怒するワケですわ。オレなんて「チキン」と言われたら「弱虫」ってことは分かるものの、「このデブ、お前はブタだ」とか反論したくなるだけで、怒りのス イッチは入らんわな。今回のは「ひとり親家庭=貧困」という扱いに対し、非常に悲しんだ人がいた、ということ。その感情に対し理詰めで何かを言っても、大 義を述べてもしょうがないんじゃねぇ? ということだな。

 オレだって記事を出して色々反論来るさ。でもね、世の中の人全員を納得させる ことないのよ。だから、異論を言われたら納得させよう、反論させよう、と考えるのはもうやめたワケですわ。で、今回反論めいたことを書いているが、これは あくまでも勝手に常見が言いにくいことなんじゃねぇの? を代弁しただけであります。(陽平殿:もし違っていたら指摘してくれ)

 それでは全世界の人類に幸あれ。